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主イエス・キリストが教えて下さった「主の祈り」は、必ず礼拝の中で祈られるものです。

「主の祈り」

「天にましますわれらの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ。
み国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
われらの日用のかてを今日も与えたまえ。
われらに罪を犯すものをわれらがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ。
われらを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国とカと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。
アーメン」



アッシジのフランチェスコの「平和の祈り」もご紹介します。

「平和の祈り」

主よ、わたしを平和の道具とさせてください。
わたしに もたらさせてください……
憎しみのあるところに愛を、
罪のあるところに赦しを、
争いのあるところに一致を、
誤りのあるところに真理を、
疑いのあるところに信仰を、
絶望のあるところに希望を、
闇のあるところに光を、
悲しみのあるところには喜びを。
ああ、主よ、わたしに求めさせてください……
慰められるよりも慰めることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを。
人は自分を捨ててこそ、それを受け、
自分を忘れてこそ、自分を見いだし、
赦してこそ、赦され、
死んでこそ、永遠の命に復活するからです。

『フランシスコの祈り』(女子パウロ会)より


この「平和の祈り」は、マザー・テレサが最も愛した祈りです。
1979年のノーベル平和賞受賞式でもマザーがこの祈りの唱和を呼びかけ、共に祈りました。

フランシスコに関する記録文書は数多くあり、その中には『聖フランシスコの小さい花(I Fioretti)』という多くの人に親しまれている14世紀の伝記があります。


LORD,
make me an instrument of Your peace.
Where there is hatred, let me sow love;
where there is injury, pardon;
where there is doubt, faith;
where there is despair, hope;
where there is darkness, light;
and where there is sadness, joy.

O DIVINE MASTER,
grant that I may not so much seek to be consoled as to console;
to be understood as to understand;
to be loved as to love;
for it is in giving that we receive;
it is in pardoning that we are pardoned;
and it is in dying that we are born to eternal life.